ガガンボ? Crane fly? ― 2015年01月11日 16時38分27秒
東京駅赤煉瓦夕刻散歩 ― 2012年05月31日 21時31分15秒
耐震構造にするだけでなく、創建当時(大正3年)の姿に戻されるというので、気持ちはスキップしながら向かう。
赤煉瓦と花崗岩(白いところがそうだと思うのだが)のコントラストが美しい。
煉瓦は、よく見ると、煉瓦の小口を千鳥に積んだドイツ積みである。
因みに、法務省の煉瓦棟(明治28年)もドイツ積みである。
下の方に古い煉瓦が残る。屋根や上層階の外壁の銅が、まだ、赤銅色を残しているが、いずれ緑青になるのだろう。
100年近く前にこのようなデザインでこれほど大きな建物を作ったとは驚きである。
この辺りの地盤もよくなかったはずである。
全容がなかなか見えない。断片的に撮って頭の中で繋ぎ合わせる。
横浜 長者町の煉瓦の蔵 ― 2012年04月24日 22時38分29秒
煉瓦はイギリス積み。建造年不明。
参考資料:
http://blog.livedoor.jp/tomtoms2004/archives/51056688.html
http://homepage2.nifty.com/datey/y-Bkyu-kanko1003.htm
都内最古の煉瓦造りの旧教育博物館書庫 ― 2012年01月11日 20時21分53秒
東京芸大の守衛所裏手にある旧教育博物館書庫。
煉瓦造りでは都内最古で、1880(明治13)建築。
煉瓦はイギリス積みで、窓のアーチも綺麗である。
取り壊しのためモルタルを剥がしたら煉瓦造りであることが分かり、保存することになったらしい。
2年くらい前にも撮っているが・・・
http://hot-cat.asablo.jp/blog/2009/10/28/
東京海洋大学の煉瓦造りの観測台 ― 2011年10月02日 22時24分19秒
輸入した煉瓦で、イギリス積み。
ともに明治36年6月に建てられた。
念のため守衛所で撮影の許可を頂く。
第一観測台(経緯儀室または赤道儀室)。当時としては東洋一の天体望遠鏡が設置されていたという。
古いレンズであるが、こちらの方がしっかりと撮れている。
第二観測台(子午儀室)。
閘門橋ブロンズ像 ― 2011年09月19日 21時10分58秒
ブロンズ像は、当時の水門での作業の様子を伝えるために作られた。
閘門橋北側テラス(張り出し) ― 2011年09月19日 20時03分56秒
亀裂に煉瓦が埋め込まれている。欄干には修復の跡がないからテラスを作るときに修復したと思われる。板を落とし込むスリット部分がこちら側は花崗岩のようなもので作られているが、向こう側(3枚目の写真)では、煉瓦で造られている。川幅を広げ、水門を増やしたようである。
閘門橋南側テラス(張り出し) ― 2011年09月19日 14時35分05秒
テラスから右側(東側)は欄干のデザイン、煉瓦のつみ方が違うので、あとから付け足したようにみえる。古い構造を活かすためにテラスにしたのではないか。
D5000を絞り優先オートに設定しておいたのだが、閘門橋撮影時、マニュアルの設定になっており、ほとんどが露出オーバーになっていた。なんとか、調整して見れるようにできたが、うっかりには要注意。
閘門橋 ― 2011年09月18日 22時24分57秒
弐郷半領(この辺りの水利組合)が猿又(東京の地名)に作った水門。
閘門というと、荒川ロックゲートのように水位を調節する施設を想像するが、ここは、単に水量を調節するだけなので水門と言う方が分かりやすい。
1909年に作られたから、100年以上経っている。
下流側から。
煉瓦の積み方が、張り出し部分の手前は長手積み、向うはイギリス積みで、上流側も同じ積み方になっている。
上流側の張り出し部分の欄干のデザインが違う。見えているところの煉瓦はイギリス積みだが向うは長手積みになっている。
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